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浅野陣屋をテーマにした探究学習 [文系受験者のための探究学習]

探究学習は、自ら課題を設定し、解決を模索する学習です。出題者が準備した正解はありません。誰にも正解はわからないのです。私がこのビデオで建てた仮説や展開している推論は間違っているかもしれません。だから、探究学習であり、そこに価値があります。

出題者が準備した正解のある受験問題を、テクニックを駆使して説いていく受験勉強。40年前、私も受験勉強をしました。続いて、高校での受験指導をしてきました。今、私たち浅野陣屋保存ネットワークは社会的起業をめざし、正解のない霧のなかを手探りで進んでいます。

どちらが面白いか、難しいか、言うまでもありません。今、日本の大学入試は正解のある受験学習から、自ら課題を設定する探究学習へと方向転換しようとしています。このビデオを見て面白いと思った中学生・高校生の皆さん、私たちとともに探求学習をしましょう。

素材は浅野陣屋と皇室領矢野荘。この素材に価値があるのか? これを調べるところから、あなたの探究学習が始まります。

 

浅野陣屋1 旗本浅野家の若狭野陣屋 21分

旗本浅野家は浅野赤穂藩の分家として幕末まで若狭野三千石を統治しました。若狭野陣屋の敷地はほぼ全域が残り、江戸時代後期の家政改革で建てられた札座が現存しています。しかし、札座は歴史的価値・文化財的価値を認められることなく解体されようとしています。札座を後世に伝えたい、これが私たちの願いです。

 

 

浅野陣屋2 若狭野陣屋コンパクト版 8分

播州赤穂藩は領内に分家の旗本浅野家をたてました。赤穂藩は断絶しますが、旗本浅野家は幕末まで存続、陣屋は拡張を続けました。面積は3000平方米、敷地はほぼ完全に残り、札座が現存しています。旗本陣屋の建築物で陣屋門以外の役所や御殿が現存する例はきわめて少数にすぎません。しかし、札座の歴史的価値は認識されることなく解体の危機に瀕しています。詳細は浅野陣屋1をご覧ください。

 

 

浅野陣屋3 旗本浅野家と浅野隼人家文書 13分

旗本浅野家は赤穂藩の分家です。赤穂藩断絶後も旗本浅野家は幕末まで若狭野三千石を統治しました。赤穂藩江戸屋敷にあった文書は旗本浅野家上屋敷が受取り、明治維新で若狭野に戻ってきます。2006年、浅野家の娘さんの嫁ぎ先で浅野隼人家文書が発見され、旗本の統治を解明する研究が始まっています。

 

 

浅野陣屋4 現存する札座はいつ建てられたのかを考える 45分

旗本浅野家の若狭野陣屋に札座と呼ばれる建物が現存しています。しかし、札座は歴史的価値・文化財としての価値を認められることなく解体の危機に瀕しています。札座はいつ建てられたのか?浅野隼人家文書が伝える旗本浅野家家政改革の舞台となった札座、その建築年代を絵図面と現地調査から考察します。

 


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