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日本史が凝縮した矢野荘 [AIOI_Yanonosho]

WEBコミュニティ矢野荘

パノラマ写真です。歴史の知識がなくても、のどかな日本の農村風景、良いなあ、日本の原風景だなあ、と嬉しくなります。それだけでも価値はあるのですが。

少し、歴史の知識があると、一枚の写真のなかに、

3世紀の初期前方後円墳 卑弥呼の時代
渡来人の秦河勝
奈良時代の条里制
平安時代の秦一族?の邸宅跡
美福門院の皇室領矢野荘と政所
地頭海老名氏と領家による下地中分
皇室から東寺への寄進

東寺と悪党寺田法念の戦い
東寺と農民の戦い 十三日講事件 逃散 一揆
中世の下土井城
赤穂浅野藩
旗本浅野家
作家水守亀の助の生誕地と私小説の舞台

と、古代から中世・近世・近代の日本史が重なり合って見えてきます。

エビデンスは東寺百合文書と浅野隼人家文書という一級品。

散住から集住へ、人々はいつ頃に村を形成したのか、というテーマもありますね

惣村に検地・村請制度が加わって、江戸時代の村に。高度経済成長までの日本の基本形、これを体感することなくして日本史はわかりません。

矢野荘は中学生や高校生に日本史を教える最高のフィールドです。日本史を教える先生の研修のフィールドにも。

 

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下土井城が田植えをしたばかりの水田に写っています。数日すると稲が育って水面が見えなくなってしまいます。

大避神社の前の田んぼはまだ水が入っていません。どうして?

今、田植えしているのはアキタコマチ、まだ水がはいっていない田んぼはヒノヒカリだそうです。6月10日頃にはヒノヒカリが田植えされて下土井城が映ります。


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相生市の地域資源と観光 [AIOI_Yanonosho]

相生観光地図1

 

相生市観光協会の「相生大図鑑」に載っている相生みどころスポットです。三濃山地域の赤丸と相生湾地域の青丸に観光スポットが集中しています。そして、浅野陣屋や矢野荘中心部のある中央部にぽっかり空白が。

こんなことになった理由は、2011年に発行された「相生市活性化に関する調査報告書」にあります。引用します

相生市には次のような地域資源があります。
① 牡蠣をはじめとする海産物
② ペーロン祭、かき祭等のイベント
③ ペーロン、ヨット等のマリンスポーツ施設
④ ふるさと交流館、羅漢の里等の体験施設
⑤ 登山やハイキング、キャンプ等に適した自然環境
⑥ 農産物や魚介類の直売所
⑦ 知名度の高い赤穂市、たつの市と隣接した立地環境
⑧ 大都市圏からの交通アクセス(JR、自家用車)
⑨ 「相生 = 海」という外部から見た地域イメージ
⑩ IHI社が築いてきた産業基盤

このように、相生市には海と山、恵まれた立地環境といったコアとなる地域資源があります。特に上記②、③、④は近隣の赤穂市やたつの市にはない、相生市が差別化できる地域資源です。

相生市の地域資源はこれだけだそうです。浅野陣屋や矢野荘という歴史・文化には気がついていません。あるいは、気がついていても価値がないと判断したのでしょうか。

相生は埋立地にできた産業都市ではなく、秦河勝漂着から数えて1500年、皇室領矢野荘から数えて千年という歴史のある荘園都市です。歴史というアイデンティティを自覚しない町に観光客が来るわけがありません。

報告書は、これです。
https://www.j-smeca.jp/attach/kenkyu/shibu/h22/h_hyougo.pdf…

 

相生市活性化に関する調査報告書は、「地域の活性化においても『地域の資源を見出して、磨きをかけ、その値打ちを引き出す』ところにその要諦があります」と書いています。そのとおりなのですが、相生市は皇室領矢野荘の後継者であるという最高の地域資源を見つけ損ねています。二番目の地域資源である浅野陣屋も見逃しています。

 

相生観光地図2

 

相生で観光地として最も有望な地域は、紫の丸です。皇室領矢野荘と浅野陣屋。ここが優れているのは、荘園と旗本陣屋というジャンルで「日本一」がねらえることと、相生市民が日本中どこにいっても「私たちの町はおそれおおくも皇室領矢野荘なのだ」とプライドを持って言えることです。

今回、ふるさとづくり青年隊で、新しいツーリズムの創造に取り組もうと思っています。相生ライフという地域紙に掲載していただくことができましたので、紹介します。

◆JRおでかけネットで相生駅周辺の観光スポットを探す。駅から近い順に白龍城。市内は一つだけ。室津・坂越・龍野・赤穂と続き、新宮・林田までで29か所。観光名所がなければ創ればよいと、昨年、浅野陣屋保存ネットワークを結成して日本史まなびツーリズムを提唱し、兵庫県のヘリテージマネージャーに札座の再生提案を作ってもらうことができた。

◆今年は、兵庫県青少年本部のふるさとづくり青年隊の事業団体に採択が決定した。テーマは「歴史ツーリズムの創造」。旗本浅野家の所領であった若狭野は皇室領矢野荘の中心部である。中世の荘園と近世の旗本領が重なり、東寺百合文書に浅野家文書とエビデンスが揃う。こんなに恵まれた地域は全国でここだけである。

◆ターゲットは中学・高校の社会科の教師や教師をめざす大学生、コピーは「一泊二日で体感する日本史のすべて」。荘園めぐりの旅なら日本一を狙える。一番をとることが決定的に重要で、二番では価値がない。

◆相生は矢野荘・浅野陣屋と最高の地域資源を持っているが、その価値に気づいていない。地域資源をどのように活用して観光地にするのか?それは自分たちで考えなければならない。誰にも正解はわからない。自分たちで模索しながら実行する。人と知恵が必要だ。

◆青年隊のメンバーを募集しているので、希望者は兵庫県青少年本部のホームページから申し込みを。おでかけネットが相生駅周辺の観光スポットを龍野・赤穂にしているのは、相生には歴史と文化がないと言っているようなものだ。おでかけネットに矢野荘と浅野陣屋を相生の観光スポットとして表示させることを当面の目標にしたい。

 

昨年、JTB総研の調査員が相生に来てヒアリングをしていました。私も話をしました。相生市によると「白紙の状態から観光計画を作る」そうです。が、全然期待していません。6年前に中小企業診断士が作った報告書の二の舞になりそうな気がします。

JTB総研が作るのですから、私の予想に反した報告書が発表されるかもしれません。そのときは素直に脱帽「さすがJTB」とJTB総研の実力を認めます。


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相生_矢野荘は荘園都市 [AIOI_Yanonosho]

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相生_矢野荘は、新幹線で東京から4時間、京都から1時間です。
 
 
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山陽新幹線相生駅は在来線の相生駅と併設されています。ここから赤穂線が分岐します。新幹線に隣接して、国道二号線が通ります。
 
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新幹線相生駅から相生湾まで相生の市街地が広がっています。相生市は皇室領矢野荘と同じ領域にあり、南部は矢野荘浦分と呼ばれていました。大正時代、鈴木商店が相生に進出して播磨造船所を拡張し、相生は造船工業都市として繁栄しました。
 
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相生湾の深奥部、金春禅竹の明宿集は秦河勝が漂着して神になったと記します。矢野荘の産物はこの海から都へ搬出されました。鎌倉時代、右手の小山に地頭海老名氏の大島城がありました。左手の丘には、室町時代に赤松氏が拠点を築きました。
 
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相生湾の西岸に広がる播磨造船所(石川島播磨重工IHI相生)。東京オリンピックの頃、世界最大の建造量を誇り、多くの商船を世界の海に送り出しました。ツートーンの船はフェリーの「はくおう」です。
 
 
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矢野荘は北部から開発が進み奈良時代に条里制が施行されました。平安時代になって、南部の開発が始まります。赤穂郡司秦為辰が久富保を藤原顕季に寄進、顕季の孫娘美福門院は鳥羽上皇の皇后という権力を行使して、北部南部を併せた皇室領矢野荘を立てました。
 
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矢野荘北部には古代・中世・近世の史跡が点在しています。乱開発をまぬがれ、新幹線相生駅から自動車で10分余りという地でありながら、日本の原風景を残しています。
 
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矢野荘中心部にある大避神社(土田宮)。秦河勝を祀り、東寺百合文書にたびたび登場します。悪党寺田法念と東寺の争い、東寺と農民をめぐる十三日講事件、惣荘一揆などの舞台となりました。中世研究家が聖地とも呼ぶ有名な神社です。
 
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初夏の矢野荘。中世の山城、下土井城の姿が早苗の水に映ります。鎌倉末期、下地中分が行われ、東が地頭方、西が領家方になりました。
 
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実りの秋の矢野荘。皇室領矢野荘の政所は写真の右手辺りにありました。作家水守亀之助は、ここで生まれ、ここを舞台に私小説を何作も書いています。
 
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江戸時代、矢野荘は浅野赤穂藩になります。元禄赤穂事件で赤穂藩が断絶した後も、分家の浅野隼人家は旗本三千石として幕末まで存続しました。旗本浅野家の若狭野陣屋は敷地はすべて残り、幕末の家政改革で建築された札座が現存しています。
 
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矢野荘の北端、最高峰の三濃山に秦河勝を祀る求福教寺があります。山岳仏教の聖地で今も歩いて登らなければなりません。相生_矢野荘は、古代から中世・近世を経て近代まで、日本史のすべてを体感することができる荘園都市です。
 

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