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700文字のエッセイ ブログトップ
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オンライン居酒屋 [700文字のエッセイ]

建物内での禁煙を進めようという法案が迷走している。飲食店はいまだに喫煙可能な店が多い。速やかに受動喫煙防止法案を通して欲しいものだ。
紫煙たなびく飲食店に入らなければならないのは何故か?飲食店に行く理由は、会場と料理と会話のためである。この三つが解決すれば、場所にこだわる必要はない。東京ではレストランの料理を宅配するアプリが登場した。パーティ会場を借りて料理を配達してもらえば飲食店は不要。なかでも居酒屋は狭くて暗いので、広くて明るいレンタル会場の方が心地よい。
そもそも、自宅から飲食のために出かける必要があるのか?という考え方もある。コンビニでビールとつまみを買ってきて、パソコンやスマホで話しながら酒を飲む。WEB会議を使えば数人で顔を見ながらの飲み会が実現する。オンライン居酒屋・オンラインスナックという。場が盛り上がるようにマスターやママをレンタルするサービスもある。都心まで出かける交通費や移動時間は不要、飲み終わったらすぐに眠りにつくことができる。
若い人は職場のつきあいの飲み会より、オンライン飲み会を好みそうだ。職場のグチを聞かされるより、ネットで世界中の人と多彩なテーマを話しながら美味しい酒を飲む方が楽しい。そのうち、商品を通販で買うように、料理・酒の宅配、話し相手、レンタルママをセット予約できるサービスが普及するだろう。
居酒屋やスナックという分野でも、実店舗とネット店舗の戦いが始まる。居酒屋やスナックの魅力の本質は、酒・料理なのか、雰囲気なのか、客同士の会話なのか、店主なのか、興味深い。私は明るくて静かな店が好みなのだが。

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塾や予備校は学校に勝る [700文字のエッセイ]

久しぶりに面白い本を読んだ。書名は「大学教育の変貌を考える」
 
塾や予備校は学校よりも有効に機能する。保護者や生徒はそれを本能的に知っているから学校より塾や予備校を頼りにする。その理由を理論的につきつめたのが、本書の第四章「褒める教育と叱る教育のパラドックス」である。
 
学園ドラマでは「金八先生」も「GTO」も教室外で先生が活躍する。教師の本務は授業であるにもかかわらず、彼らは授業をしない。教師の本務は授業を受けたい生徒に授業で学力をつけることなので、教師は金八先生になどなりたくないのである。
 
「出席管理だの私語への注意だの生活指導だのは、スクールポリスなり学校監督官なりにやっていただきたい。そもそも講演会を開催しておいて、受付業務や迷惑行為をする客への対応まで講演者に任せる阿呆な主催者が、どこの世の中にいるだろうか」という本書の一節は、教師の本音である。
 
ただ、教室に生徒を入れ、学習意欲を高めてやることが教師の本務であると思っている教師が少数ではあるが存在する。また、教育行政は教室に生徒を入れて学習意欲を高めてやることが教育であるという建前をとっている。
 
少数派の理念や教育行政の建前と教師多数派の本音は矛盾をきたし、その矛盾をついて塾や予備校が信頼を得てきたのが日本の教育の現状である。
 
というような現実を見据えたうえで、本書はノン・エリートの高等教育や中等教育を論じる。本書の著者は大学進学率は高い方がよいという立場に立つが故に、ノン・エリートの教育を真剣に考察している。教育論のなかでは秀逸の一冊だと思う。

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歴史総合? [700文字のエッセイ]

歴史総合が新設される。現在、世界史が必修で日本史は選択、日本史が選択なのはおかしいという意見があり、歴史総合で教えてから、日本史・世界史・地理を選択させるらしい。
 
「またか」とうんざりする光景である。1960年代、3科目はすべて必修であった。1970年代、現代社会を新設して、日本史・世界史・地理を選択にした。すると、世界史選択者が減ってしまい「国際化時代を迎えて世界史を学ばないのはおかしい」と世界史を必修にした。今度は日本史を必修にしたいが、両方を必修にすると時間が足らないので歴史総合を新設しようというのだろう。
 
3科目とも必修に戻せば良さそうなものだが、それはできない。根本的な原因は授業時間数の減少。週5日制で週に4コマ、3年間で12コマ減り、さらに、情報で2コマ、総合学習で3コマ消費する。総コマ数が減っているのだから、社会科のコマ数も減る。減ったコマから現代社会に2コマを割く。だから、50年前には実現できていた日本史・世界史・地理の必修が不可能になった。
 
こうした根本原因から目をそむけて、社会科のなかをいじりまわす。愚かなことである。その理由は大学の先生たちにある。日本史業界・世界史業界・地理業界の先生たちの勢力争い。大学の先生は歴史の一分野を深く研究されているが、社会科の専門家ではない。専門家でない人たちがいじくりまわすので、いじればいじるほど状況は悪くなる。
 
解決案は、日本史・世界史・地理すべて必修。教師の定数を2割増やして土曜も6時間授業。高校の校舎をエアコン完備にして夏休みを短縮。現代社会は廃止、歴史総合は作らない。日本史・世界史・地理・倫社・政経の必修というシンプルなスタイルに戻して安定させる。そのうえで、高校と大学の先生が協働して科目の内容を熟成する。どの科目を必修にするのか?という迷いから覚めなければならない。

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電池コレクション [700文字のエッセイ]

電池コレクションは自己紹介のキラーコンテンツである。「液漏れしませんか?」「集め始めたきっかけは?」など他愛ない会話が盛り上がり、電池を集めている変な人として記憶に留めていただける。
 
電池はヤフーのオークションで買い集める。新品の電池は50円くらいだが、古い電池は東京オリンピックの頃のもので2千円、戦前のものなら1万円を越えることすらある。ナショナルは数が多いので安く、中小メーカーでデザインの良いものは高い。電池を入手すると、さび止めをしてケースに入れる。「お父さん、ゴミは捨てたら」と妻子は笑うが、電池博物館の開設が十年来のささやかな夢である。
 
願いは叶うもので、一年ほど前、電池博物館にぴったりの建物に巡り会った。若狭野にある浅野陣屋の札座である。築二百年、老朽化が進み取り壊されるらしいと聞いたので、札座保存ネットワークを結成して保存運動を始めた。兵庫県の古民家再生事業にエントリーし、幸いなことに採択していただいて、札座改修の基本構想を立てる段階に進んでいる。この事業は、兵庫県・相生市と私たちが三分の一ずつ費用を負担する。先日、市長に面会して協力をお願いしてきた。
 
使用済みの電池に商品価値は無い。古い電池の価格は歴史的価値・文化的価値である。浅野陣屋になると歴史的価値・文化的価値は金銭では計れない。こうした建物がきちんと保存される町こそ文化的な町である。
 
私の電池博物館にするには浅野陣屋は規模が大きすぎるようだ。新年は、住民交流・日本史まなびツーリズム・教育事業の拠点として「浅野陣屋記念館」のオープンを目標にしたい。

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寺坂吉右衛門 [700文字のエッセイ]

NHKで「忠臣蔵の恋」が始まった。主人公は阿久里の侍女きよ。討ち入り後の義士を描いたNHKドラマでは、二〇〇四年の「最後の忠臣蔵」がある。主人公は寺坂吉右衛門。寺坂は吉良邸で奮戦した後に姿を消す。寺坂の友、瀬尾孫左衛門も討ち入りの前夜に姿を消す。
 
池宮彰一郎の小説「四十七人目の浪士」では、大石内蔵助が二人に密命を托す。寺坂は討ち入りの現場を知る生き証人として、瀬尾は妊娠していた内蔵助の愛人可留の世話役として生きよと。
 
「最後の忠臣蔵」は池宮の小説を原作としたドラマで、テレビでは上川隆也、映画では佐藤浩市が寺坂吉右衛門を演じている。結末部分は、可留の娘可音と瀬尾孫左衛門の物語が展開するが、原作・テレビ・映画で心理描写が異なる。瀬尾は幼女から育てた可音に恋慕の情を抱いているのか?自ら恋心を明かす瀬尾、寺坂に指摘されて逆上する瀬尾、黙して語らない瀬尾。脚色によって人物描写が変わってしまう好例である。
 
寺坂吉右衛門が主役の映画はもう一本ある。戦後、初めて作成された忠臣蔵映画「元禄水滸伝」。この映画で瑤泉院は「吉右衛門、このたびのことを誇らしげに語ってはなりません。侍の意地などつまらぬこと」と諭す。
 
寺坂吉右衛門は若狭野で生まれ赤穂藩士の吉田家に仕えた。陪臣であり足軽なので討ち入りしなければならないという義理はない。寺坂は自分の意志で盟約に加わり、内蔵助の「生き証人となれ」という言葉に従って八十三歳まで生きた。「良かったね」「武士として名誉ある死をとげたかったろうに」吉右衛門にどちらの言葉を懸けてあげたらよいのだろうか。
 
2016.12

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