So-net無料ブログ作成
検索選択
でもでも教師日記 ブログトップ
前の5件 | -

残念な教員 学校教育の失敗学 [でもでも教師日記]

文化祭の古本市で買いました。
 
読み始めて「息苦しい」、読む気力が続きません。で、パラパラと斜めに目を通すと、「教員は受験勉強もできない」と教員養成学部出身者を切り捨て、かえす刀で「難関学部出身の人は、受験勉強ができる。受験勉強で好成績を残せたのであれば、指導もできる・・・しかし、彼らは教育への情熱が薄く、教育技術も低い傾向にある」。
 
ウーン、林純次さん、職場でどんな人間関係を作っているのでしょう。心配。それはさておき「受験勉強で好成績を残せたら、受験指導もできる」というロジックがわかりません。受験指導はそんなに簡単なものではありませんが、かといって、普通の大学出身でも研鑽しだいで東大受験生の指導ができます。しょせん、高校レベルですから。
 
なにより、受験するのは生徒なのです。優秀な生徒は教師の受験指導のレベルを軽々と超えていきます。
 
教育学部の例として、東北大、京都大の偏差値が掲載されているのは不可解ですね。こういう大学の教育学部は偏差値は高いし、そもそも教員養成のための教育学部ではありません。51頁に掲載されている、この表を見て、読み続けるのをやめてしまいました。
 
この本、他の人の読後感はどうなのだろう?と思ってググってみました。
 
ゆっくりゆっくりさんは「書かれていることは反論することは何もないです。しかし、私が感じた違和感は何なのか」。違和感を感じておられます。反論することは何もない、というほどの本ではないですよ。違和感に自信をもちましょう。
 
国語科教員の部屋さんは「言いたいことはわかるけれども、こんなに頑張っているのになんでわかってくれないの、という暑苦しい教員の典型です」。この人、文章、上手です。私と違って最後まで読み通したようなので、国語科教員の部屋さんのリンクを読んでください。私もこういうタッチの文章を書けたらなあと思います。

nice!(0) 
共通テーマ:学校

歴史総合新設より日本史世界史必修に [でもでも教師日記]

高校に歴史総合という科目の新設が予定されている。
 
現在、世界史が必修で日本史・地理が選択になっている。日本史を学ばなくても卒業できるのはおかしいという意見があり、歴史総合で日本史と世界史をミックスして学び、その後、日本史・世界史・地理を選択させるという発想らしい。
 
高校の教員からみると「またか」とうんざりさせられる光景である。
 
1960年代、地理・日本史・世界史はすべて必修であった。ところが、現代社会で入門編を学んでから選択させるという方針で現代社会が導入され、日本史・世界史・地理は選択になった。
 
すると、世界史選択者が減ってしまい、「国際時代を迎えて世界史を学ばないのはおかしい」と言って世界史を必修にした。世界史を必修にした結果、地理・日本史のどちらかは選択しないことになる。日本史・世界史の両方を必修にすると時間が足らないので歴史総合を新設しようというのだろう。
 
こういう、ハイブリッドタイプで単位の少ない科目が上手くいくことはない。40年前に導入された現代社会は今に至るもまともな科目扱いされておらず、高校現場に現代社会の専門家はいない。
 
本来、日本史・世界史・地理は必修だったのだから、3科目とも必修に戻せば良さそうなものだが、それはできない事情がある。根本的な原因は、授業時間数の減少である。
 
50年前、一週間は34コマ、3年間で102コマであった。ところが、週5日制で週に4コマ減って30コマ、3年間で90コマになった。さらに、情報で2コマ、総合学習で3コマ消費するので、85コマになる。
 
総コマ数が減っているので、社会科に割り当てられるコマ数が減る。減ったコマから現代社会に2コマを割く。だから、50年前には実現できていた日本史・世界史・地理の必修が不可能になった。
 
こうした根本原因から目をそむけて、社会科のなかをいじりまわす。愚かなことである。今でも中学校の社会科の歴史が日本史中心になっていて、世界史の知識がない生徒たちが高校に入学してくる。この生徒たちに「歴史総合?」。何を考えているのやら。
 
この原因は、大学の先生たちが高校社会科をいじくりまわすところにある。日本史業界・世界史業界・地理業界の先生たちの勢力争いである。
 
大学の先生は、歴史の一分野を深く研究しているが、世界史全般・日本史全般を研究しているわけではない。ましてや、日本史も世界史も地理も含む社会科を担当したこともない。彼らは社会科の専門家ではないのである。専門家でない人たちがいじくりまわすので、いじればいじるほど現場は混乱する。これが、高校社会科の現状。
 
そうそう、かつての社会科は地歴科・公民科に分割されている。一年の現代社会は公民科、なので地歴科の免許しかない先生は一年生の担任ができない。社会科を地歴科・公民科に分割した人たちが高校現場に無知であることが、この一事に露呈している。
 
それでは、私が解決案(日本史・世界史・地理すべて必修)を示す。生徒の週5日制と教育労働者の週休2日制には別個の問題である。そこで、教師の定数を2割増やして土曜も6時間授業をする(スーパーが交代勤務で年中無休にしているのと同じ原理)。次に、高校の校舎をエアコン完備にして夏休みを短縮する。これで、授業時数が確保できたので、日本史・世界史・地理をすべて必修にする。現代社会は廃止する。歴史総合は作らない。
 
1960年代の日本史・世界史・地理すべて必修時代を経験した人たちは、まもなく教育現場を去る。
 
この半世紀、社会科は授業時数の減少と選択科目やハイブリッド科目の増加でぐちゃぐちゃになってしまった。社会科を日本史・世界史・地理・倫社・政経の必修というシンプルなスタイルに戻して安定させる。そのうえで、高校の先生と大学の先生が協働して各科目の内容を熟成する。
 
どの科目を必修にするのか?という迷いは捨てなければならない。

nice!(0) 
共通テーマ:学問

官能絵師ケン月影 [でもでも教師日記]

文化祭で図書委員会が古書販売をしていた。一冊20円だという。数冊良さそうな本があった。係の生徒が「支払いは金券です」というので金券を買いにいくと、20円券の10枚セット。それでは10冊買ってしまおうと、コミックから何冊かを選んだ。こんな機会でもなけれは手にすることもないだろうというコミックである。そのなかに、永井荷風を描いた『荷風になりたい」』があった。
 
永井荷風は有名な作家だが、一冊も読んだことがない。高校生の頃、日本文学全集が家にあって相当読んだが、永井荷風は手に取らなかった。なんとなく、つまらなさそうな感じがしたのだろう。人生も終わりに近づき、永井荷風の香りに触れておくか、という軽い気持ちで読み始める。
 
なんだかんだと書いてあるがケン月影だ。サラサラと読み終わり、永井荷風はこんな作家か。高校時代に読まなかったのは正解かな?と思う(コミックで評価してしまって荷風先生ごめんね)。
 
 
自宅に持ち帰ると家内が手にとって読み始めた。「永井荷風って初めて読んだけど、イマイチだね」と、失礼なことを言う。続いて意外な一言「この絵、すごく上手い!」。家内は絵が趣味だ。ケン月影のコミックは初めてらしい。「この漫画家、どんな人?」。あの有名なケン月影を知らないのか!そのときは官能絵師という言葉を思いつかず、エロ漫画家と説明してしまった。官能絵師、良い響きだ。
 
「こういう線で描きたいね。参考にするから、このコミックもらっとく」と彼女は自分の本箱に『荷風になりたい』を入れた。
 
先日、マンガ夜話で「絵の上手い漫画家の一人はケン月影」と専門家が話していたのを思い出す。『荷風になりたい』を買ってよかった。今日も有意義な一日だった。
 
ストーリーはイマイチで私は途中で読むのをやめてしまった。家内も二冊はいらないと言う。
 
老人が女性を語る小説では、高校時代に川端康成の『眠れる美女』を読んだことがある。これは面白い小説だった。高校生には、永井荷風より川端康成を薦める・・ようなものでもないか。

nice!(0) 
共通テーマ:学問

「ゼロのちから」でワンコが元気に [でもでも教師日記]

ゼロのちからという酵素水がある。楽天やアマゾンでも販売されている
 
消臭、ペットケア、菜園の肥料と用途はいろいろ。ペットの臭いを消したいならスプレーする、元気にさせたいなら餌にかけて飲ませる。
 
我が家の柴犬は普段は庭にいて、食事のときは室内に飛び込んできた。ところが、彼女も老齢になり、跳びあがれなくなったので階段を作ってやった(右の方に見える)。
 
170610_3_600.jpg
 
ふと思いつき、私が飲んでいたゼロのちからをペットフードにかけてやった。しばらくすると、愛犬は元気になって、階段なしでも跳びあがれるようになり、町内の散歩にもついてくるようになった。尻尾も上げるようになった。素晴らしい。
 
半年余りで死んでしまったが、ワンコの半年は人間でいえば2年にあたる。健康寿命が2年伸びて、ピンピンコロリになったわけだ。再び、素晴らしいと書いておこう。
 
それまでは友人に勧められて半信半疑で飲んでいたが、愛犬をみて「効く」ことを確信した。アマゾンのページには「食べ物や人体に害はありませんが」(人間の飲用ではありません)と書いてある。したがって、飲むのはあくまで自己責任。何があっても自己責任。
 
私は愛犬が元気になったのを見て、自己責任で飲んでいる。効果があるのかないのかわからない。二年間、飲み続けているが悪いことは起きていない。家内も最近飲みだして「便秘によい。薬でなくて効果があるのがよい」と言っている(彼女は薬に不信感を持っている)。
 
私の仲間には飲んでいる人が何人もいる(私は彼らが飲み続けているのを半年以上見て、彼らが変調をきたさないことを確認してから飲み始めた)。便を柔らかめにするので、下痢気味の人で「私には向かない」と言った人を知っている。便秘気味の人は喜んでいる人が多い。
 
くりかえすが、あくまで、自己責任。
 
170611_2.jpg
 
2リットルのウォーターから100㏄を青いグラスに移し、透明カップのゼロのちからを100㏄加える。これで、20倍液になる。無色無味無臭なので、水を飲んでいるのとまったく同じように飲むことができる。
 
ゼロのちからがどのようにして作られているのか? 私の友人で見学に行った人がいる。健康おたくの人もいる。彼らの見解は「原理的には最善である」。人の飲用としては承認されていないので、くどいようですが、飲むのは自己責任。
 
とりあえず、鉢植えにかけてみるとか、生け花の水に加えてみるとか、して効果を確かめてみるとよい。
 
ここから、先は、あまり書いていない情報。
 
お風呂に入れるとか、菜園に撒くとか、大量に使う場合は、精製レベルの低いものがある。こちらは、飲んではいけません。入浴剤としては、活性水ではなく加工水を使う(お湯の感じはかわらない、これが臭いや色をつける入浴剤とまったく異なる)。活性水を使ってもよいが、割高になる。消臭になるらしいが、私は実感したことはない(この辺は人の感覚ですから)。

nice!(1) 
共通テーマ:ペット

梅雨に文化祭をするなんて [でもでも教師日記]

明日は、勤務先の高校の文化祭。私は昇降口のスリッパ担当。
 
昨年は近所のスーパーの駐車場係だった。文化祭の客がスーパーの駐車場に駐めないよう、プラカードを持って駐車場入り口に立っていた。暑い日は大変である。それに比べればスリッパ担当の方がマシか。近所の私立高校はイベントの日は、ガードマンを雇って駐車場に配置している。私立の方が効率的。
 
そもそも、6月の梅雨の最中に文化祭をしようなんて愚かなことになったのはいつの頃からだったろう。昔は、運動会や文化祭は、農作業が終わった10月から11月と決っていた。秋に行事をすると受験に差し障りがあるとかで文化祭は6月、体育祭は9月、部活の試合の都合で修学旅行は冬になった。「語るも愚かなり」の一言である。
 
文化祭や体育祭を秋にする程度で受験に支障がでる程度の生徒は、大学に進学したところでどうにもならんだろう。秋の行事を見越して、受験勉強のスケジュールを立てておくことくらい、まともな受験生なら誰でもできる。秋に文化祭をしたら受験に支障があるどと考える教師は、どんな高校生活を送ったのだろう。
 
と、私一人が力んでもどうなるわけでもなく、スリッパ係も給料のうちと割り切って仕事に専念することにしよう。

nice!(0) 
共通テーマ:学校
前の5件 | - でもでも教師日記 ブログトップ