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残念な教員 学校教育の失敗学 [でもでも教師日記]

文化祭の古本市で買いました。
 
読み始めて「息苦しい」、読む気力が続きません。で、パラパラと斜めに目を通すと、「教員は受験勉強もできない」と教員養成学部出身者を切り捨て、かえす刀で「難関学部出身の人は、受験勉強ができる。受験勉強で好成績を残せたのであれば、指導もできる・・・しかし、彼らは教育への情熱が薄く、教育技術も低い傾向にある」。
 
ウーン、林純次さん、職場でどんな人間関係を作っているのでしょう。心配。それはさておき「受験勉強で好成績を残せたら、受験指導もできる」というロジックがわかりません。受験指導はそんなに簡単なものではありませんが、かといって、普通の大学出身でも研鑽しだいで東大受験生の指導ができます。しょせん、高校レベルですから。
 
なにより、受験するのは生徒なのです。優秀な生徒は教師の受験指導のレベルを軽々と超えていきます。
 
教育学部の例として、東北大、京都大の偏差値が掲載されているのは不可解ですね。こういう大学の教育学部は偏差値は高いし、そもそも教員養成のための教育学部ではありません。51頁に掲載されている、この表を見て、読み続けるのをやめてしまいました。
 
この本、他の人の読後感はどうなのだろう?と思ってググってみました。
 
ゆっくりゆっくりさんは「書かれていることは反論することは何もないです。しかし、私が感じた違和感は何なのか」。違和感を感じておられます。反論することは何もない、というほどの本ではないですよ。違和感に自信をもちましょう。
 
国語科教員の部屋さんは「言いたいことはわかるけれども、こんなに頑張っているのになんでわかってくれないの、という暑苦しい教員の典型です」。この人、文章、上手です。私と違って最後まで読み通したようなので、国語科教員の部屋さんのリンクを読んでください。私もこういうタッチの文章を書けたらなあと思います。

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歴史総合新設より日本史世界史必修に [でもでも教師日記]

高校に歴史総合という科目の新設が予定されている。
 
現在、世界史が必修で日本史・地理が選択になっている。日本史を学ばなくても卒業できるのはおかしいという意見があり、歴史総合で日本史と世界史をミックスして学び、その後、日本史・世界史・地理を選択させるという発想らしい。
 
高校の教員からみると「またか」とうんざりさせられる光景である。
 
1960年代、地理・日本史・世界史はすべて必修であった。ところが、現代社会で入門編を学んでから選択させるという方針で現代社会が導入され、日本史・世界史・地理は選択になった。
 
すると、世界史選択者が減ってしまい、「国際時代を迎えて世界史を学ばないのはおかしい」と言って世界史を必修にした。世界史を必修にした結果、地理・日本史のどちらかは選択しないことになる。日本史・世界史の両方を必修にすると時間が足らないので歴史総合を新設しようというのだろう。
 
こういう、ハイブリッドタイプで単位の少ない科目が上手くいくことはない。40年前に導入された現代社会は今に至るもまともな科目扱いされておらず、高校現場に現代社会の専門家はいない。
 
本来、日本史・世界史・地理は必修だったのだから、3科目とも必修に戻せば良さそうなものだが、それはできない事情がある。根本的な原因は、授業時間数の減少である。
 
50年前、一週間は34コマ、3年間で102コマであった。ところが、週5日制で週に4コマ減って30コマ、3年間で90コマになった。さらに、情報で2コマ、総合学習で3コマ消費するので、85コマになる。
 
総コマ数が減っているので、社会科に割り当てられるコマ数が減る。減ったコマから現代社会に2コマを割く。だから、50年前には実現できていた日本史・世界史・地理の必修が不可能になった。
 
こうした根本原因から目をそむけて、社会科のなかをいじりまわす。愚かなことである。今でも中学校の社会科の歴史が日本史中心になっていて、世界史の知識がない生徒たちが高校に入学してくる。この生徒たちに「歴史総合?」。何を考えているのやら。
 
この原因は、大学の先生たちが高校社会科をいじくりまわすところにある。日本史業界・世界史業界・地理業界の先生たちの勢力争いである。
 
大学の先生は、歴史の一分野を深く研究しているが、世界史全般・日本史全般を研究しているわけではない。ましてや、日本史も世界史も地理も含む社会科を担当したこともない。彼らは社会科の専門家ではないのである。専門家でない人たちがいじくりまわすので、いじればいじるほど現場は混乱する。これが、高校社会科の現状。
 
そうそう、かつての社会科は地歴科・公民科に分割されている。一年の現代社会は公民科、なので地歴科の免許しかない先生は一年生の担任ができない。社会科を地歴科・公民科に分割した人たちが高校現場に無知であることが、この一事に露呈している。
 
それでは、私が解決案(日本史・世界史・地理すべて必修)を示す。生徒の週5日制と教育労働者の週休2日制には別個の問題である。そこで、教師の定数を2割増やして土曜も6時間授業をする(スーパーが交代勤務で年中無休にしているのと同じ原理)。次に、高校の校舎をエアコン完備にして夏休みを短縮する。これで、授業時数が確保できたので、日本史・世界史・地理をすべて必修にする。現代社会は廃止する。歴史総合は作らない。
 
1960年代の日本史・世界史・地理すべて必修時代を経験した人たちは、まもなく教育現場を去る。
 
この半世紀、社会科は授業時数の減少と選択科目やハイブリッド科目の増加でぐちゃぐちゃになってしまった。社会科を日本史・世界史・地理・倫社・政経の必修というシンプルなスタイルに戻して安定させる。そのうえで、高校の先生と大学の先生が協働して各科目の内容を熟成する。
 
どの科目を必修にするのか?という迷いは捨てなければならない。

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「ゼロのちから」でワンコが元気に [でもでも教師日記]

ゼロのちからという酵素水がある。楽天やアマゾンでも販売されている
 
消臭、ペットケア、菜園の肥料と用途はいろいろ。ペットの臭いを消したいならスプレーする、元気にさせたいなら餌にかけて飲ませる。
 
我が家の柴犬は普段は庭にいて、食事のときは室内に飛び込んできた。ところが、彼女も老齢になり、跳びあがれなくなったので階段を作ってやった(右の方に見える)。
 
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ふと思いつき、私が飲んでいたゼロのちからをペットフードにかけてやった。しばらくすると、愛犬は元気になって、階段なしでも跳びあがれるようになり、町内の散歩にもついてくるようになった。尻尾も上げるようになった。素晴らしい。
 
半年余りで死んでしまったが、ワンコの半年は人間でいえば2年にあたる。健康寿命が2年伸びて、ピンピンコロリになったわけだ。再び、素晴らしいと書いておこう。
 
それまでは友人に勧められて半信半疑で飲んでいたが、愛犬をみて「効く」ことを確信した。アマゾンのページには「食べ物や人体に害はありませんが」(人間の飲用ではありません)と書いてある。したがって、飲むのはあくまで自己責任。何があっても自己責任。
 
私は愛犬が元気になったのを見て、自己責任で飲んでいる。効果があるのかないのかわからない。二年間、飲み続けているが悪いことは起きていない。家内も最近飲みだして「便秘によい。薬でなくて効果があるのがよい」と言っている(彼女は薬に不信感を持っている)。
 
私の仲間には飲んでいる人が何人もいる(私は彼らが飲み続けているのを半年以上見て、彼らが変調をきたさないことを確認してから飲み始めた)。便を柔らかめにするので、下痢気味の人で「私には向かない」と言った人を知っている。便秘気味の人は喜んでいる人が多い。
 
くりかえすが、あくまで、自己責任。
 
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2リットルのウォーターから100㏄を青いグラスに移し、透明カップのゼロのちからを100㏄加える。これで、20倍液になる。無色無味無臭なので、水を飲んでいるのとまったく同じように飲むことができる。
 
ゼロのちからがどのようにして作られているのか? 私の友人で見学に行った人がいる。健康おたくの人もいる。彼らの見解は「原理的には最善である」。人の飲用としては承認されていないので、くどいようですが、飲むのは自己責任。
 
とりあえず、鉢植えにかけてみるとか、生け花の水に加えてみるとか、して効果を確かめてみるとよい。
 
ここから、先は、あまり書いていない情報。
 
お風呂に入れるとか、菜園に撒くとか、大量に使う場合は、精製レベルの低いものがある。こちらは、飲んではいけません。入浴剤としては、活性水ではなく加工水を使う(お湯の感じはかわらない、これが臭いや色をつける入浴剤とまったく異なる)。活性水を使ってもよいが、割高になる。消臭になるらしいが、私は実感したことはない(この辺は人の感覚ですから)。

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高等学校の思い出話 [でもでも教師日記]

30年も前の地方の公立進学校の想い出話をしたい。
 
この学校、いやなところも多々あったが、良い学校だった。なにより良いのは「国公立合格がすべて」ということで、評価基準が学校の外に毅然として存在していたことである。学年団の教師は「うちの学年は何人合格させたか」を競い、生徒は受験だけを目標に頑張り、町の人たちは「あの学年は進学実績のある先生が揃っている」という評価をする。
 
通知簿の成績なんて誰も気にしない。成績は5でも3でも良いのである。京大も神大も入試の得点が全てで、高校の成績がオール5で当日の得点が600点の受験生より、高校の成績がオール3で当日の成績が601点の受験生の方が合格するルールになっていた(この入試のルールは公平で正しい。「人柄より偏差値」である)。
 
授業中に寝ていようが、内職をしようが、それは自己責任、すべては入試が判定をくだす。スヤスヤお眠りしている生徒の傍で「昨晩頑張ったので眠いんでしょうね」と教師は言い、生徒は笑って「ほっといて授業を進めましょう」というカラッとした校風だった。
 
「本校は灰スクールではない、真っ黒である。君たちの高校生活に楽しいことは何もない」と学年主任は広言し「こんな学校にいたってしょうがないから、さっさと大学に進学しよう」と生徒は受験勉強にいそしんでいた。
 
これは、私が教師として勤めていた1980年代のことで、私が生徒であった1960年代は成績順にクラスが編成されていて模試の成績が廊下に張り出されていた。その後、人権教育の高まりとともに掲示はなくなったのだが、1980年代になっても「スポーツの一位は表彰するのに、勉強の一番を掲示するのが何故悪い」と息巻く古参教師は多かった。
 
私の生徒時代でもそれ以前に比べれば、ずいぶんマシになっていたらしく、1960年頃は「アホはカシコの邪魔すな」という雰囲気だったらしい。
 
それでも、ナンダンカンダ言っても、この学校の卒業生はこの学校が好きである。「アホはカシコの邪魔すな」と言われたことがあると、自称アホであったという先輩が嬉しそうに私に語ってくれた。
 
受験で勝ちたいという気持ちは教師・生徒が共有していて、戦場は大学入試、敵は他校生なのだから、基本的に学校の構成員は全員がウィンウィンの関係にあったからである。
 
この学校、学年ごとに校舎が分かれていた。校則も細かいところは校舎によって違うのである。A学年主任曰く「始業の5分前の予鈴までに登校しろ」、B学年主任曰く「予鈴は予鈴、本鈴までに教室に入ればよいのだ」。
 
二年生が予鈴にあわせて教室へと走るそばを、一年生がダラダラ歩いて行く。ついに、二年の生徒代表が「一年と二年で始業が異なるのはおかしい」と抗議した。A学年主任曰く「それが人生だ」、生徒代表は深くうなずく「なるほど、それが人生というものか」
 
この学校に教師として勤めて印象に残っているのは「統一見解は?」なる愚問を聞いたことがないことだ。その後、神戸に転勤してきたが「学校としての統一見解を」と質問する教師が多いことに辟易している。そんなことくらい自分の頭で考えろよ。高校生でも考えるぞ。
 
私が担任していた生徒は「あの先生の授業を聞くまではわかっているんですけど、授業を聞くとわからなくなるので聞かないようにしているんです」という名言を吐いた。
 
担任として返す言葉もなかったが、その先生が授業をしたからと言ってクラスの点が悪いわけではないのである。きっと賢い生徒たちは自助努力でカバーしていたのだろう。授業はだめでも自分で何とかしなくっちゃ!と自覚させたのなら、それもまた教育なのかも知れない。
 
学校なんて、生徒さえよければどうにでもなるという話である。
 
この学校のことを語ると楽しい。私にとっては、とても面白い学校だった。
 
今でも、あのバカバカしいほどのアッケラカンさは続いているのだろうか?それとも、普通の学校に成り下がってしまったのだろうか?

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今年で教師生活も終わり [でもでも教師日記]

1980年代、県立の進学校で日本史と政治経済を教えていた。受験教師だったが、当然ながら「未熟」だった。

あのまま受験教師で進んでいたら、N予備校やスタディサプリが録画配信しているような授業になっただろう。

ところが、受験を離れて30年、日本史・政治経済から世界史・倫理へと手を広げ、総合学科に変わってからは、世界史Aを本拠地に映画論、囲碁入門学、証券投資論から地域学へと転進を続けた結果、ごった煮のような授業になってしまった。

実力は受験教師であった頃とは比べものにならない。

今年は教師生活最後の一年、思い切って、これまでに使ってきたプリント類を捨ててしまい、新たに日本史と世界史の授業のカリキュラムを作り直すことにした。

廃棄したプリント類は順次公開する予定。

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実験的に日本史と世界史をごちゃまぜにして歴史総合のテストの試作品を作ってみたので公開します。日本学術会議が提案している「歴史総合」とは直接の関係はありません。

Ⅰ~Ⅴは、世界史Aの教科書から出題しています。4月・5月に世界史全体を概観し、6月から、主権国家の誕生・国民国家の誕生、パクスブリタニカの順に近代史を進みます。

自画自賛ですが、このテスト、筋は良いと思っています。特に、最後の二問(Ⅵ・Ⅶ)はチューニングすれば、どこまでも水準をあげることのできる素材です。とりあえず、標準的な高校生でも解けるようにしていますが、社会人のための世界史講座では、グラフ1グラフ2グラフ3をもとに、ハイレベルの歴史論・政策論を戦わせましょう。

問題は、A3版4枚のPDFになっています。

http://tourism.asanojinnya.com/…/170525_2_testrekishisogo.p…

自動代替テキストはありません。

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